1年生が初めて呪文を実際に使ってみることになる、“妖精の呪文学”の授業です。
ロンは、「ウィンガディアム・レヴィオサー」と言って杖をバンバンと振っています。
ロンと組になったハーマイオニーが、ロンの腕を押えて言います。
「やめてやめて。杖をそんなに振り回すと、危ないでしょ。杖は“ビューン、ヒョイ”よ。それに、呪文も間違ってるわ。“ウィン・ガー・ディアム、レヴィ・オー・サ”、“ガー”と“オー”のところをきれいに伸ばさなきゃ」
そこまでは、まだロンも神妙な顔をしてきいていたのですが、ハーマイオニーがさらに続けて「あなたのは、“ウィン・ガディアム、レヴィ・オサーーー”」と言いながら杖を無茶苦茶に振り回してロンの真似をしてみせたのでロンが切れます。
「そんなに言うなら、ご自分でやってみたらいいでしょう」とわざと丁寧語を使って嫌味を言います。
ハーマイオニーは袖をまくって改まって、それから杖をビューン・ヒョイ、と振りながら呪文を唱えます。初めてなので、うまくいくかどうか、ドキドキしています。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
そうすると、羽がフワフワと浮き上がって行きます。
それを見つけたフリットウィック先生が言います。
「おおー、皆さん、ご覧なさい、ミス・グレンジャーがやりました。良くできました。グリフィンドールに5点!」
得意満面なハーマイオニーを見てロンはなおさらムカつきます。
ハリーの方は、別の子と組んでいましたが、二人ともなかなかうまく行きません。ハリーがぼやいています。
「“ビューン”は長くて“ヒョイ”は短いだろう? なのに、呪文の“ウィンガーディアム”と“レヴィオーサ”は同じくらいの長さだろう?いったい杖のどのタイミングで呪文のどこまでを言えばいいんだ?」
どうしても杖の動きと呪文のタイミングがうまく合わないようです。
ロンとハーマイオニーの組は、ハーマイオニーがさらに連続して成功させたため、あとはずっとロンの特訓のようになっていました。ロンはむすくれながらも、現にハーマイオニーが見事に呪文を成功させているので、渋々ハーマイオニーの助言を聞いて練習しているようです。
結局、その日の授業で浮遊術を成功させたのはハーマイオニーを含めてほんの数人でしたが、ロンはハーマイオニーの特訓のお蔭でその数名の中に含まれていました。ハリーはその授業の中ではマスターできず、他の多くの生徒と同様、「宿題」にされてしまいました。
例年、この季節になると、1年生が初めての呪文を習い、至るところで、それを使いたがってウズウズしています。妖精の呪文学の宿題では、皆浮かすための羽を借りて帰るのですが、生徒たちは羽だけではなく、ありとあらゆるもので「宿題」を実行してしまうので、学校中でありとあらゆるものが浮かび上がってぶつかって壊れ、或いは、浮び損なって落ちて壊れるのです。監督生や先生方は「レパーロ」の修復呪文で壊れたものを修復するのに大忙しになります。毎年繰り返されるホグワーツの風物詩のようなものです。
さて、みんな昼食へ向かうところでしょうか、午前中の授業を終えてハリーとロンが話しながら歩いています。他の生徒も大勢周りをうようよ同じ方向に歩いています。ロンは朝一番の授業の「アレ」がいまだにムカついているようです。しきりにハリーに言っています。
「“ウィン・ガーーー・ディアム、レヴィ・オーーー・サ”、あんなたのは“ウィン・ガディアム、レヴィ・オサーーー”」とハーマイオニーの口調を何倍も強調して嫌みったらしい口調で再現しながら、杖を振り回す仕草をしています(杖は実際には持っていません)。
ハリーはそれを聞きながら笑っています。ハリーのその反応が軽すぎると思ったのか、ロンはさらに続けます。
「まったくあいつの高慢ちきな言い方はムッカつくよな。だからあいつ、いまだに友だちがひっとりもいないんだぜ」
その時、ロンに後ろからドンとぶつかってそのまま前へ早足で歩いていった女の子がいます。ハーマイオニーです。
「いっけない、聞かれちゃったみたい」ロンは気まずそうな顔をしてハリーを見ます。
「泣いてるみたいだったよ」とハリーも心配そうです。
二人は、ハーマイオニーの後を追いかけようとしましたが、人に紛れてもうどこにも姿が見えません。
まあどうせ今から昼食ですから、その場には来るでしょうし、と思って二人ともあまり真剣には行方を追ったわけでもありませんでした。
しかし、昼食の席で二人はキョロキョロして周りを見まわしましたが、ハーマイオニーは見つかりません。
さらに、午後の授業にもハーマイオニーの姿はありませんでした。
これは尋常ではありません。ハーマイオニーならどんなことがあっても授業には絶対出てくると思ったのに…。
さらに、夕食の席にもハーマイオニーの姿はありません。これはますますいけません。ただごとではありません。
兄弟喧嘩慣れしているロンは、あの言葉にどうしてそんなにまでハーマイオニーが反応したのかいぶかしがっています。あのくらいの憎まれ口で一々傷ついていては兄弟なんかやってられません。が、それでも今の状況がまずいことに変わりはありません。とにかくひどく傷つけてしまったようなので、今度会ったら絶対謝っておかなくてはと、そのくらいの判断はちゃんとしています。
夕食の席であんまり二人がキョロキョロしているものですから、この二人がキョロキョロして探しているとしたらそれはハーマイオニーに決まっているとはたから見ればそうなので、“ハーマイオニーは昼食前からずっと女子トイレにこもっていて、一人にしてくれと言っていた”、と誰か女子生徒が教えてくれます。二人は顔を見合わせました。せっかくの夕食の御馳走も二人にはあまり美味しくありません。大変気まずい思いです。最後までハーマイオニーが来なかったら、ハーマイオニーのために食べるものを少し取っておかなくては、などと考えています。
そこへ、突然、大広間の扉が開いて、クィレル先生が駆け込んできました。「大変です、地下室に、トロールが、入り込みました」と。何故だか気絶してしまうクィレル先生。大騒ぎになりましたが、ダンブルドア校長が大声で鎮めます。ダンブルドア先生はゆっくりとした穏やかな口調で言います。「監督生は、寮生を連れて、寮に、戻りなさい」「先生方は、私と一緒に、地下室へ」
その落ち着いたゆったりとした声を聞くと、“なんだ、そんなに大したことじゃないじゃないか”という気がしてきます。一流の魔法使いである先生方がおられるわけです。野生のトロールが一匹入り込んだところで、対応できないわけはないでしょう。生徒たちは、初めのショックから立ち直ると、ざわざわと会話をしながら、寮に戻っていきます。
ロンとハリーも寮に戻りかけて、気づきます。
「ハーマイオニーがいない」
「まだ女子トイレだ」
「トロールが来たことを知らせなきゃ」
二人は寮へ向かう列から離れ、女子トイレへと急ぎます。
女子トイレへつながる廊下にたどり着いたとき、二人は自分たちより前にトロールがいるのを発見します。
息を飲む二人。
廊下は真っ直ぐ進むと突き当たりに女子トイレその右に男子トイレ、廊下は女子トイレに突き当たってそこで直角に右に曲がっています。
このまま廊下に沿って右に曲がって行ってしまってほしい、二人はそう思いました。
しかしトロールはそのまま真っ直ぐ女子トイレへ入っていこうとしています。
入れ違いに一足先にハーマイオニーがトイレを出たあとであってほしい、二人はそう願いました。
女子トイレから、小さく、ばたん、と戸が閉まる音がしました。
それから、いきなり、ベリベリベリベリーという激しい破壊音とともに、「キャーーーーー」という女の子の悲鳴が聞こえました。
まずい、ハーマイオニーだ。トロールに襲われている!
二人はトイレに向かって駆け出します。
女子トイレに飛びこむと、個室の仕切りは真ん中から上がすべてなぎ払われて瓦礫になってトイレ中に飛び散っています。ハーマイオニーは石でできた洗面台の下に潜り込んで、そろりそろりと出口の方へと移動しています。トロールはハーマイオニーのいるのとは反対側の個室の方をノロノロと見ていましたが、また、ハーマイオニーの方を見ました。そして急に棍棒を振り上げハーマイオニーに向かって振り下ろしました。
「バキッ」「ヒィッ」
棍棒はハーマイオニーの頭をかすめて、今まさにその下のハーマイオニーが移動しようとしていた洗面台を粉々に砕きました。ハーマイオニーはその手前(ハーマイオニーから見て手前、トイレの入口のハリーたちから見れば奥)の洗面台の下にはまり込むように尻もちをついてしまいました。顔が凍り付いています。もう悲鳴もちゃんと出ないようです。
トロールは、またすぐに棍棒を振り上げ、ハーマイオニーに狙いを定めています。
その棍棒が振り下ろされたら、今度こそハーマイオニーは殺されてしまうでしょう。
「ハーマイオニーーっ」叫びながらハリーは――
さて、ここでいったん話はロンとハリーが会話していた昼食前の時点に戻ります。
ロンとハリーは、取ってる授業は全部同じだし、寝室まで一緒ですから、もうほとんど24時間一緒に行動しています。ハーマイオニーは二人が取っていない授業も取っているし、トイレなんかはもちろん別だし、二人と離れる機会も多いのですが、いつもこの二人を見つけてハーマイオニーの方から合流しています。ハーマイオニーが合流しても二人の会話が自然に三人の会話になるだけで、二人は自然にハーマイオニーを会話の中に入れてくれます。
さて、その日もまた、ほかの女の子たちからはちょっと離れて座って待っていたハーマイオニーは、ハリーとロンがしゃべりながら歩いていくのを見つけて合流しようと立ち上がって二人を追いかけます。ロンがしきりに何かしゃべっていて、それを聞きながらハリーは笑っています。
だんだん二人の会話が聞こえてきました。
ロンが「あんなたのは“ウィン・ガディアム、レヴィ・オサーーー”」と多分ハーマイオニーの口まねで言って杖を振り回す仕草をしています。ハリーは笑っています。午前中にあった授業のことを話しているようです。そう、アレは、興奮的な授業でした。ハーマイオニーは一番先にしかも一発で浮遊術ができましたし、ロンもハーマイオニーの指導よろしく、その授業の内にできるようになった数少ない生徒になりました。ハーマイオニーは鼻高々でした。
ロンが続けます。「まったくあいつの高慢ちきな言い方はムッカつくよな」
これを聞いたときには、もう少しでロンの肩をポンとたたけるくらいまで近づいていました。
ハーマイオニーは「何言ってるのよ、いったい誰のお蔭で浮遊術をマスターできたと思ってるの」とその会話に加わろうと思って足を速めました。ところがその次のロンの言葉でハーマイオニーは目の前が真っ暗になってしまいます。
「だからあいつ、いまだに友だちがひっとりもいないんだぜ」
それは、いきなり地面がなくなってしまったかのようにハーマイオニーは感じました。
このままロンの横を通り過ぎて去って行こうと思ったのですが、ロンにドンとぶつかってしまいました。でも、涙があふれ出てきていたので、ぶつかったことにもかまわずに小走りに……誰もいないところへ、一人になりたい。
ハーマイオニーは女子トイレの個室にこもります。
ああ、悪夢の再現です。
この学校に来る前、マグルの学校に通っていた頃のことをハーマイオニーはありありと思い出していました。
ロンの言ったあの高慢ちきな言い方はその当時のクラスメートからも嫌われる要因となっていたのですが、それだけではなかったのです。
ハーマイオニーに言われると腹を立ててハーマイオニーに嫌がらせをする生徒ももちろんいました。しかしハーマイオニーもその程度では負けません。正々堂々と主張し言い負かしたりしていました。
ある日、ハーマイオニーにムカついた誰かが、ハーマイオニーの筆箱に蛙を押し込んでいました。知らないでハーマイオニーが筆箱を開けると、蛙がピョンと跳びだして、こともあろうにハーマイオニーの顔に飛びつきました。ハーマイオニーは驚いてほとんど気絶せんばかりでした。周りはみんな、とある男の子がハーマイオニーの筆箱の中に蛙を入れるのを見ていて、どうなることかと興味津々で見ていたのでした。ハーマイオニーが驚くのを見て何人かはあからさまに笑いました。ハーマイオニーは落ち着くと今度は怒りだして、「誰?こんなことをしたのは。こんなことして良いと思っているの?今にバチが当たるから」と大声で言いました。と、教室の外の廊下で、バッチャーーンと大きな音がしました。みんなが廊下を覗いてみると、男の子が一人泥水まみれになっています。どうしたことか、工事の人が汚れた水をバケツで運んでいて、男の子がぶつかってその水を頭からかぶってしまったようです。ハーマイオニーは誰が蛙を入れたのか知りませんでしたが、みんなはその子が蛙を入れたことを知っています。本当にバチが当たったのでしょうか。何だかみんな不気味な思いをしました。というのもこれまでも、時々そういう「バチが当たった」のではないかと思われるようなことが小さいことながら起きていたのですが、偶然と思われていました。しかし、この後も次々とハーマイオニーに何か嫌がらせとか不愉快なことをした子には「バチが当たる」ことが続出したのです。しかもだんだんバチの程度が強くなってきているようです。次第にハーマイオニーに近づく子がいなくなりました。遠巻きにして、何かハーマイオニーに手渡すものがあっても、遠くから、ホイッと投げ渡すようになったくらいです。ハーマイオニーに面と向かって「化けものっ」と叫んだ女の子も居ました。ハーマイオニーはそれを理不尽な嫌がらせと思いました。というのもハーマイオニーには自分が「バチ」を当てているなどという認識はありませんから、勝手に起こる偶然をハーマイオニーのせいにしてさらに嫌がらせをしていると思ったのです。だから、辛くて悲しかったけれども、自分は正しいのだから絶対に負けないという不屈の闘志で一人で耐えていたのです。
もちろん、そういう状況では友だちも一人もいなかったのです。
ですから、ホグワーツから手紙が来て、自分が魔女であることを知ったとき、いろいろなことの謎が解け、そして、魔法界のことは何も知らないので大変恐ろしかったけれども、それでも思い切ってこの学校に来ることにしたのでした。そして、来てみて良かった、とつくづく思っていました。
ここでは誰も自分を不気味だなんて言いません。普通に接してくれます。最初は自分だけ何も知らなくて馬鹿にされるのではないかと心配していましたが、そんなこともありませんでした。魔法界の本を読んで魔法界の誰でも知っている有名人ハリー・ポッターのことも知りましたが、その当の本人に会いましたが、自分同様マグルの中で育ったその子は、何と自分自身のことさえよく知らない始末です。ロン・ウィーズリーという魔法界では名門の家の子とも会いましたが、ハリーほどではないにせよ、あまり魔法のことは知らないようです。ですから、この二人と話していると、何だかすごく安心できるのでした。学校に来る汽車の中で出会って以来、同じ寮になったこともあって、なんとなくこの二人には話しかけやすかったのですが、二人もハーマイオニーをごく自然に会話の中に入れてくれていました。だから、ハーマイオニーにとって、この二人は魔法界に来てまず最初にできた友だちだったのです。
ところが、ところが……。友だちと思っていたロンの「だからあいつ、いまだに友だちがひっとりもいないんだぜ」という言葉はどうしたことでしょう。友だちと思っていたのは自分の方だけだった……。
この魔法界では、うまくやれていると思っていたのに。それは自分の幻想だったのでしょうか。まだ嫌われる時間が十分になかっただけで、これから、あのマグルの世界と同じように、だんだん自分は嫌われていって、孤立していくのでしょうか。
あのときの苦しさ悲しさが急に吹き上げてきて、そしてあのときにはこらえて流さなかった涙が、今になってドンドンとあふれて止まらなくなってしまいました。
なかなか、その苦しさ悲しさ涙の嵐から抜け出せず、結局午後の授業も休んでしまったし(この状態では授業にでるなんてとてもできません)夕食にも遅れてしまいました。ようやく半日かけて、気持ちが静まり、冷静に考えることができるようになってきました。
そうすると、ロンには兄弟がたくさんいて、お兄さんたちは皆優等生で、ロンはことある毎にからかわれたり馬鹿にされたりして劣等感を強めてきたというロンの背景を思い出しました。“ああ、そうだわ。わたし、ロンの劣等感を逆撫でしていたんだわ”。そのことに思い当り、どんなにロンに嫌な思いをさせていたことか、ロンに謝らなくてはいけない、と思いました。もし、ロンという友だちを失いたくなければ。いや、もしロンに友だちと思ってもらいたいなら。そして、マグルの学校時代の再現を避けたいなら。
そこまでようやく考えがたどりついて、ハーマイオニーは個室を出ました。
“もうみんな、夕食を食べているだろうな。わたしが一人ここにいることも誰も気にもせずに。”ふとそう思うとまた涙がこぼれそうになりました。ハーマイオニーは手洗い台の鏡を覗き込みます。泣きはらした惨めな顔では大広間に行くこともできませんし。
そして、それからのほんの数分の間に、ハーマイオニーにとっては「あり得ないこと」が次々と起こったのです。
鏡を覗いていて、妙な物を見ました。鏡全体に映っているそれは、大きすぎて鏡に映りきれないのです。何か生き物です。
おそるおそる振り返ってみると……。
トロールです。それこそ「本で見て知っている」力が強くて乱暴者の、危険な生き物です。人間の頭を掴んで握りつぶすことができるくらい力が強いのです。しかし、どうしてそれが、ここ、ホグワーツの女子トイレなんかにいるのでしょう?!
思わず息を飲みましたが、トロールはぼんやりした顔をして中をノロノロと見回しています。トロールはあまり頭は良くありません。ハーマイオニーはそろりそろりと動いてとりあえず個室に滑り込んで、ドアをそっと閉めました。
が、ほっとする暇もありませんでした。突然にものすごい音とともに、個室間の仕切がぶっ飛びました。風圧がびゅうっとかかってバシバシと壊れた破片が当たります。凄まじい破壊力です。気がつかないうちに大きな悲鳴をあげていました。咄嗟に身を伏せることができたのは幸いでした。トロールはすべての個室の仕切を壊そうとしているらしく向こう側の並びの方まで棍棒を振るっていって今の瞬間はこっちを見ていません。ハーマイオニーはそっと個室を出て、大理石と思われる石造りの洗面台の下に潜り込んでそっとそっと出口の方に向かいました。個室の仕切よりはこの石造りの洗面台の方が丈夫だろうと思いました。どうかこっちを見ないで!気づかないで!そっとそっと外へ!
しかしその願いは次の瞬間には裏切られました。ハーマイオニーの動きが目の端に入ったのでしょうか、トロールが突然こちらを振り向きざま棍棒を大きく振り上げて、ハーマイオニーの方に振り下ろしました。ハーマイオニーは首を縮めて止まりました。ハーマイオニーの頭のすぐそばを棍棒が通りました。風圧で髪がわさわさしました。風圧で体が浮き上がる感じがしました。今から下に潜り込もうとしていたその洗面台が轟音とともに飛び散り、ハーマイオニーにふりかかりました。もう悲鳴も出ません。ひぃっという息とも声ともつかない音がハーマイオニーの口から出ただけでした。ハーマイオニーは今いる洗面台の下にはまり込むように、座り込んでしまいました。へたり込むといった方がいいかもしれません。力が入らないのです。“いわゆる腰が抜けるってこういうことだわ”、この危急の時に変ですが、そういうことを思いました。が、次の瞬間、もっと恐れていたことが起ころうとしています。今や標的の動きを止めることに成功したトロールは、ハーマイオニーにしっかり狙いを定めてまさに今棍棒を振り上げようとしています。ハーマイオニーにはなぜかすべてがスローモーションのようにゆっくりした動きに感じられました。トロールがしっかりとハーマイオニーを見すえて、それから棍棒をゆっくりと振り上げて行きます。アレが頂点まで上がったら、今度こそ間違いなく私の上に振り下ろされる。洗面台と同じように自分の頭も体も砕けてしまうだろう。そう思ってももう何もできないのです。体も言うことを聞きませんし、頭も働きません。いまから起ころうとしていることを、これ以上開かないというくらい目を見開いて、口もあけて、ただ見ているだけです。パパ、ママ、ごめんなさい。そんなことを思いました。
そのとき、「ハーマイオニーっ」と叫んで、こともあろうに、この凶暴な生き物によじ登った者がいます。後ろから頭にとりついています。ハリーです。トロールは、棍棒を振り上げたまま、顔を振ってハリーを振り落とそうとしました。ハリーは離れません。ハリーが破れかぶれで杖をトロールの鼻の穴に突き刺しました。杖の使い方としてははなはだ間違っています。が、お蔭で、トロールは棍棒を振り上げた手をさげました。
「ハーマイオニーっ、逃げろっ」と別の声がしました。ロンが呼んでいます。でも、ハーマイオニーの体はまったく動きません。ロンが駆け寄ってきました。ハーマイオニーの手を掴んで立たせようとします。でも、洗面台の下にハーマイオニーははまり込んでいて、うまく行きません。「早くしろっ、いつまでもは保たないっ」ハリーが叫んでいます。でもハーマイオニーの足にはまったく力が入らないのです。
ロンは、くるっと向きを変えて、杖を取り出しました。迷わず、今確実に使える唯一の呪文――ハーマイオニー仕込み――を力強く唱えます。
「ウィンガーディアム、レヴィオーサ」
トロール全体が浮くだろうか?とロンは思いましたが、トロールは浮く気配もありません。
そのかわりに、トロールの持っていた棍棒が浮かび上がりました。ずんずん上がっていって、それから、つり上げている糸を切ったかのように棍棒が落下し、トロールの頭に“ボゴ”と鈍い音を立てて見事に命中しました。トロールの姿がぐらりとゆれて、ハリーがピョンと飛び降りてきました。それから、ズスーンという鈍い大きな音を立ててトロールが倒れました。地響きがして、埃が舞いました。
ふう、とロンが息を吐きました。そしてまたハーマイオニーを立たせる努力を始めました。ロンに手伝ってもらってようやくハーマイオニーは洗面台の下から抜け出て、そして、壁に寄っかかるようにしてようやく姿勢を保ちました。足がガクガクしてまともに立てません。顔はまだ恐怖に凍り付いたままです。
ハリーはトロールの頭のところまで行って自分の杖を回収しています。
ロンは、ハーマイオニーに事情を説明しています。
「みんな夕食を食べていたんだ。そこに、クィレル先生が飛びこんできて、地下室にトロールが入り込んだって言ったんで、大騒ぎになって。それでダンブルドア先生が、生徒はみんな寮に行くように、先生方は地下室に行くようにって言ったんだ。僕たち、君が女子トイレに居るって聞いてたので、君にこのことを知らせに来たんだ。でも、トロールの方が先に来ていて……」
ハリーは、トロールの鼻から自分の杖を引き抜いて、「うへぇっ、トロールの鼻くそだ」と呟いて、それから、二人の話しているそばまで来て、そのまま洗面台のところへ行って、じゃあじゃあと水を出して杖を洗い始めました。
ロンはしばらくためらっていましたがやがて言い始めました。言わなくちゃいけないこと、そのせいでハーマイオニーはここにいたのですから。
「あのーー、さっきはごめん」
ハーマイオニーはまだ凍り付いたままです。
「午前中のこと。君のこと、高慢ちきだとか、友だちが居ないとか言って、ごめん。本気じゃなかったんだ。ただちょっとムカついていたから大げさに言っただけで……。友だちが居ないとかそんなことないさ。……」そこまで言ってからロンはまたためらいました。
そのとき、杖を洗い終えてピュンピュンと杖を振って水を切りながらハリーが二人のそばまで来ました。そして、ロンの言葉の後を引き取りました。
「うん、もちろん、君には友だちが居るさ。・・・僕たちだ」ハリーがそう言いました。
その時になってようやく、ハーマイオニーの停止していた思考回路が息を吹き返しました。時間にするとほんの0.5秒くらいの間だったでしょうが、ハーマイオニーの頭の中でこれまでのさまざまなことが一気に認識されたのでした。それは驚きの連続でした。
自分がまさに死の危険に直面していたこと、そして、自分の誇りに思っていた知識が自分の命を救うのにはまったく何の役にも立たなかったこと。自分の命を救ってくれたのは、自分の知識ではなく、この二人の男の子。先生の言いつけを破ってまで……、このこと自体ハーマイオニーにとってはあり得ないことでした。ハーマイオニーなら、まず先生か、監督生かにこのことを告げたでしょう。それで自分の役目は終わり。後は先生か監督生かが様子を見に来て、そしてその時には彼らは滅茶滅茶に破壊された女子トイレとそこで叩き潰されて死んでいる女の子の死体を発見したことになったでしょう。この二人の男の子が先生の言いつけを破って、寮には行かずにただちに駆けつけてくれたから、なんとかハーマイオニーの命の危機に間に合ったのです。
しかし、間に合っただけでは、このトロールを見て驚いて、逃げ出すのが関の山ではないでしょうか。ロンは魔法界で生まれ育っているものの、ちゃんと使えるのは今朝マスターした浮遊呪文だけ。ハリーに至っては、飛行術こそ素晴らしい才能を見せましたが、呪文はまだ何も使えません。その点ではマグルと同じです。いったい誰が、素手でトロールと対決できるでしょうか。無理に決まっています。呪文を知っていても失神呪文や石化呪文などに対してトロールは強いのです。魔法使いでもちょっと手こずるのです。でも、ハリーはその無茶をしました。なんとトロールによじ登ったのです。マグルの世界で言えば、ライオンの檻の中に自分からはいりこんで、ライオンに飛びつくような無謀な行動です。死ぬつもりとしか思えないような行動です。でも、でも、そのお蔭で、ハーマイオニーは最後の一撃を――死の一撃を食らわずに済んだのです。(実際には、ハリーにはトロールに関する知識が欠けていたので、それほど恐ろしいとも思わずにそういう行動に出ることができたのでした。でも、トロールの恐ろしさを本で読んでよく知っているハーマイオニーにとっては、ハリーの行動はとてもとても勇敢に思えたのでした)。そして、ロンは。たった一つしかないまともに使える呪文を使って、見事トロールを仕留めてくれました。浮遊呪文だけでトロールをやっつけるなんて、なんてすごいのでしょう。(実は、ロンはそれを狙ってしたわけではなくて、棍棒がうまくトロールの頭を直撃したのは本当に幸運だったのです。でもハーマイオニーには、ロンがちゃんと狙ってその呪文を使いこなして、トロールの頭を直撃させたように見えたのです)。
そして、そして、そうまでして……規則を破って、さらに自分の命を危険にさらしてまで、自分を救おうとしてくれたその理由は、もう、言われないでも分からなければトロール並のお馬鹿さんですが、言葉でちゃんと言ってくれたのです。“友だち”だから…。友だちだから、自分が夕食の席にいないことにも気がついて気にしていてくれた。規則を破って急いで駆けつけてくれた。自分の危険を顧みず命を張ってまで助けてくれた。
そういう思考が0.5秒の間に回り、ハーマイオニーは、感激のあまり「ありがとう」と言ってロンに抱きつこうとしました。
しかし、ありがとうの「あ」を言う前に、抱きつこうと動き出すその前に、カッカッカッカッカカカカカと大急ぎの固い足音が響いてきて、そして、マクゴナガル先生が飛びこんできました。
先生は、3人をそれぞれチラッと見て、それから、床にのびているトロールをしばらく見て(動かないことを確かめたようでした)それから、無茶苦茶に壊されているトイレの様子をぐるりと見回して、それからまたさっきよりもう少し長く3人をそれぞれ見つめました。
ハーマイオニーは驚いたような表情をしていて、立っているのがやっとのようです。壁により掛かっています。髪を初めとして体じゅうに瓦礫の破片をかぶっています。ロンはまだ杖を握りしめたまま、先生の方を見て口をぽかんと開けています。ハリーはハンカチで拭った杖を今まさにローブの内ポケットへしまおうとしています。3人ともケガはなさそうです。
「いったい全体、これはどういうことなのです」マクゴナガル先生が言いました。
「そもそも、寮にいなければならないあなた方が、なんでこんなところにいるのです」
“あちゃ〜”という顔をして、ハリーが下を向きました。なんと言おうかしきりに考えているようです。ロンは金魚のように口をぱくぱくさせています。そして驚いたことに口を開いたのはハーマイオニーでした。
ハーマイオニーにとっては、この二人は自分を助けるために、規則を破るという(ハーマイオニーにとっては)大罪を犯してまで駆けつけてくれたのです。しかも二人はこれまでにすでにいろいろ規則違反をしてしまっています。ここでさらにこんなに危険な規則違反を犯したということになると、どんな処罰が下されることか。さっき言おうとした、“ありがとう”を今行動で示すときだ、今度は自分が二人を救う番だとハーマイオニーは思いました。二人が自分に示してくれたように、今度は自分が二人に対する気持ちを行動で示すときだ、と。
「あの〜。……。私が悪いんです。二人は私を助けに来てくれただけなんです」
マクゴナガル先生はハーマイオニーを見ました。ハーマイオニーはマクゴナガル先生の方を見てはいません。遠くの方を見ているような視線で、一生懸命言う言葉を考えているようです。
「私、トロールをやっつけられると思って、トロールを探しに来たんです。本でいろいろ読んで知っていたので。でも、間違ってました。本で読むのと現実は大違いで。二人が来てくれなかったら、私はもう死んでいました」
そこまで言って、ハーマイオニーは口をつぐみました。後半は本当に本心でした。
ロンはハーマイオニーの方を見て杖を取り落としました。
ハリーもハーマイオニーの方を見て驚いた表情をしています。
マクゴナガル先生でなくても、ハーマイオニーがウソをついているのは見え見えです。しかもその内容が、ハーマイオニーにしてはまったくどうせウソをつくならばもう少しましなウソを考えたらどうだというような見え見えの内容です。
マクゴナガル先生は、寮に戻るようにというダンブルドア先生の言葉をハーマイオニーが無視してトロールを探しに行くことはあり得ないと思いました。もしそのようなことを言う可能性があるとしたら、むしろこの二人の男の子の方です。マクゴナガル先生は推測しました。ハーマイオニーはおそらく咄嗟に自分とこの二人の男の子の立場を入れ替えたのだと。そもそも男の子というものは、“野生のトロールだって?すごいぞ!見に行こう!”くらいは言い出しかねないものです。ハーマイオニーはそれを止めようとして止めきれずに結局ずるずると巻き込まれることになったに違い有りません。そしてそっと覗くつもりがきっとハーマイオニーがトロールに見つかってしまって、結局女子トイレに逃げ込んだのでしょう。それなら、場所も女子トイレだと言うことが符合します。いくらなんでも男の子が女子トイレに逃げ込むとは考えられません。隣に男子トイレもあるわけですし。
しかしマクゴナガル先生は聡明な先生ですから、ハーマイオニーがウソをついていると見抜いていても、「ウソおっしゃい」などとは言いません。じっとハーマイオニーを見つめながら考えていました。この子がこんなに一生懸命になって、この二人の男の子をかばおうとしている。自分が規則を破ったことになるなんてハーマイオニーにとってはとても受け入れがたいことのハズなのに、あえてそうまでしてかばおうとしている。マクゴナガル先生は、何だか思わず微笑んでしまいたくなりました。とてもほほえましく思ったのです。が、そこは、厳格で通っている先生です。ぐっと唇を引き締めて言いました。
「あなたには失望しました、ミス・グレンジャー。グリフィンドールは5点減点です。ケガはありませんか? ないなら、もう寮に帰りなさい。夕食パーティーの続きを寮でやっています」
それから、ロンとハリーに向き直って言いました。
「そういうことなら、あなた方には減点はありません。しかし1年生で野生のトロールに立ち向かうなんて愚かなことです。生きて帰れることの方が少ないでしょう。よってあなた方一人につき5点ずつ、……与えましょう」
マクゴナガル先生は、大概の1年生は野生のトロールを目の前にすると恐怖に身もすくんで、覚えたてのわずかな呪文も全て吹っ飛んでしまうはずなのに、ひるまずに、知っているわずかな呪文を活用してトロールを倒してしまったこの二人の男の子に感心していました。さすがグリフィンドール生だとちょっと誇りに思いました。その思いが思わず顔に出てしまい、表情がゆるんでしまいました。いけないいけない、と慌てて顔を引き締めてさらにこう続けました。
「もちろん、あなた方の幸運に対して、です」
それからハーマイオニーに言った言葉(ケガはありませんか以降)を二人にも言って、二人を寮に帰しました。
ハーマイオニーは昼も夕も食べていなかったにもかかわらず、とても何か食べれる状態ではありませんでした。そのまますぐ寝室に上がって休みましたが、今日のことが思い出されてなかなか眠れません。涙がポロポロ出てきます。でもその涙は、昼間、女子トイレで一人で流した涙とは違いました。あの二人が自分に対して見せてくれた、勇気と友情に対する、感動と感謝の涙でした。自分の誇っていた知識が自分の命の危機に際してまったく役に立たなかったこと、救ってくれたのは規則破りと無知な二人の男の子の示してくれた勇気と友情だったこと。これらのことは、ハーマイオニーの人生観、価値観を大きく変えてしまうことなのでした。
夢は以上なのですが、この夢の中に、ロンがためらって言えなかった言葉をハリーが言うところがあります。「君には友だちが居るさ。・・・僕たちだ」のところです。なぜロンがためらったのか。夢の中にはその設定も入っていました。もっとロンが幼かった頃、双子の兄たちが、ケンカして言い合っていたときこういうやりとりがありました。「何さお前なんか“お友だちでいましょう”野郎のくせに」「何をこの野郎」。ロンは「お友だちでいましょう野郎」のどこが悪口なのか分からなくて、聞いてしまいます。そうすると、「女の子に交際を申込んでだな、そのままOKしてくれればいいが、逆に断るときに、女の子ってものは、嫌いだとか付き合うつもりはないとかはいわないものなんだ。“お友だちでいましょう”ていうのさ。こいつ、そう言われて、振られちまったのさ」と秘密めかして教えてくれたのでした。「うるさい」と双子の片割れが言い返して、ロンを置き去りにして二人はまたケンカの続きを始めました。ロンは、女の子ってなんって訳の分からないものの言い方をするんだろう、と思って、ひょっとして兄にまたからかわれたのかなとも思いましたが、「お友だちでいましょう」という言葉は特別な言葉だと、1対1のお付き合いをしたくないときに言う言葉なんだと、ロンの頭にインプットされていたのです。ですから、ハーマイオニーに対してその言葉を使いたくはなかったのです。もちろん、今のシチュエーションはまったく違うのですが、そのためにためらってしまったのでした。
で、ためらってしまったために、一番いいセリフをハリーに持って行かれてしまったのでした。
さて、以上で夢が覚めて、結構感動しながら目覚めました。あ〜そんな場面もあったんだったかな〜とか思って、その後、久しぶりに第1巻の本をめくってみると、何か違います。本はもっと、ものすごくあっさりしています。ハーマイオニーの方から合流していたという描写もないし、そもそも、この事件の前までは、3人が一緒という記述は少ししか有りません。このトロールの事件は、本では第1巻の第10章「ハロウィーン」にあります。「共通の経験をすることで互いを好きになる、そんな特別な経験があるものだ。四メートルもあるトロールをノックアウトしたという経験もまさしくそれだった」と書いてありますが、この夢に比べると、何だか随分説明不足な気がしました。やっぱり今度の夢は、夢だけあって感情的な面を増幅させちゃってたのかなぁ。テレビで放映のあった映画版をビデオに録っていたのでそれも見てみましたが、やはり違います。映画は本ともまた微妙にいろいろ違うのですね。ただ映画では、ハーマイオニーが二人を見つけて合流するサマが描写されていました。ハリーがクィディッチのシーカーになったときに、本では、ハリーの父親もシーカーであったことをマクゴナガル先生がハリーに伝えることになっていますが、映画では、二人が歩いているところにハーマイオニーが合流して、そして、ハリーの父親がシーカーの名前として刻み込まれている楯を二人に見せる場面があります。どうやら夢は、この場面のハーマイオニーが合流するところと、それからまさにこのドンとぶつかっていくところの場面とその両方から、いつもハーマイオニーの方から二人に合流する、というイメージをつくったようです。
このトロール事件でハーマイオニーが感じたことに対して、この夢は深読みしすぎかなぁと、本と映画を見て思ったのですが、どうせだからと本を先まで読んでいくと、次のセリフ(下に引用)に出会いました。すっかり忘れていたのですが、本で読んだときには、あまり実感が湧かずにさらっと読み飛ばしていたように思います。が、この夢が見せてくれたハーマイオニーの体験をもとにすると、このセリフが本当に心から自然に出てきた、ハーマイオニーの本心であることがよく分かります。だから、この夢も、そう大きく外れているわけではなくて、ただ、筆者が、この夢みたいにあからさまに書くといかにも青臭いので、そこまでは書かず、そこまで書かなくても読者が自分でちゃんと読み取れ、汲み取れ、と思っていたのではないかという気になります。読み取れてなかった私は読みの浅い読者なのかな。
そのセリフの場面は、賢者の石を守るために3人が4階の床の隠し扉から入り込んだその先で、後はもう最後の部屋だけ、そこで、ヴォルデモードと対決するのだという、その直前の場面です。ハリーはハーマイオニーに、自分だけが次の部屋に行く。ハーマイオニーはここから引き返して、ロンと合流して、そしてダンブルドアを呼んでくれと言います。後の巻のハーマイオニーだったら絶対自分も一緒に行くと言ったことでしょうが、ここではあっさりとハリーの言うとおりにしていますね。(第16章「仕掛けられた罠」420ページ)
----------以下引用----------
「いいから黙って聞いてほしい。戻ってロンと合流してくれ。それから鍵が飛び回っている部屋に行って箒に乗る。そうすれば仕掛け扉もフラッフィーも飛び越えられる。まっすぐふくろう小屋に行って、ヘドウィグをダンブルドアに送ってくれ。彼が必要なんだ。しばらくならスネイプを食い止められるかもしれないけれど、やっぱり僕じゃかなわないはずだ」
「でもハリー、もし『例のあの人』がスネイプと一緒にいたらどうするの?」
「そうだな。僕、一度は幸運だった。そうだろう?」
ハリーは額の傷を指さした。
「だから2度目も幸運かもしれない」
ハーマイオニーは唇を震わせ、突然ハリーにかけより、両手で抱きついた。
「ハーマイオニー!」
「ハリー、あなたって、偉大な魔法使いよ」
「僕、君にかなわないよ」
ハーマイオニーが手を離すと、ハリーはドギマギしながら言った。
「私なんて! 本が何よ! 頭がいいなんて何よ! もっと大切なものがあるのよ……友情とか勇気とか……ああ、ハリー、お願い、気をつけてね!」
----------以上引用----------
そうして、ハーマイオニーはヴォルデモードとの対決をハリー一人に任せて、自分は急いで引き返していくのでした。そう、自分の危機にハリーとロンが間に合ったように、今度はハリーの危機に、ダンブルドアを呼んでくるのを間に合わせるために。今の自分の知識では、ヴォルデモードとの対決には役に立たないし、むしろハリーの足手まといになるのは目に見えている、ヴォルデモードと対決する勇気は自分にはない、そのことをハーマイオニーは良く自覚しているのでした。なぜなら、このトロールの一件があったからです。
この、知識よりももっと大切なものがある、友情とか勇気とかという部分は映画の方にもちゃんと残されていました。やっぱり絶対外すことのできないポイントなのでしょう。
私はここのところのこのセリフは覚えていなかったのですが、なぜか夢は覚えていて、ここの部分をトロールの件に合流させて再構成したのでしょう。夢はこう言っています。「自分の誇っていた知識が自分の命の危機に際してまったく役に立たなかったこと、救ってくれたのは規則破りと無知な二人の男の子の示してくれた勇気と友情だったこと。これらのことは、ハーマイオニーの人生観、価値観を大きく変えてしまうことなのでした」。勇気と友情。これはずっと一貫して流れているテーマですね。アズカバンの囚人の巻では、シリウスが「友を裏切るくらいなら自分が死んだ方がましだ」と叫んでいますし。ヴォルデモードが持っていなくてハリーが持っているものとは「愛」だと第6巻(だっけ?)でダンブルドアがハリーに言いますが、その愛とは、ここで言う友情と勇気のようなもの、つまり、愛するもの、大切なもののためには自らを犠牲にすることもいとわない気持ちのことだと思いました。
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